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『最後だとわかっていたなら 教育プログラム』

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2万2000人を超える犠牲者を出した東日本大震災から昨日で15年が経ちました。

先日、岩手日報が取り組んでいる「最後だとわかっていたなら」という教育プログラムを知りました。

https://www.iwate-np.co.jp/content/taisetunahito-omouhi/school

もし明日が人生最後の日だとしたら、誰に何を伝えますか?
もし明日が人生最後の日だったら、どんな時間を過ごしますか?

2011年の東日本大震災。突然の災害は多くの命を奪い、言葉を伝える機会を永遠に閉ざしました。岩手日報が2017年から始めたこのシリーズは、「もし最後だとわかっていたなら、大切な人に何を伝えたいか」という問いを投げかけています。

もしそれが最後だとわかっていたなら、
もっとやさしい言葉をかけただろう。
もう少し長くそばにいただろう。
そんな思いを呼び起こす内容だそうです。

私たちは、
今日もまた会える、
また話せる、
そんなふうに思いながら日々を過ごしています。

しかし、いまこうして出遇っている人、
ともに過ごしている時間は、
決して当たり前にあるものではありません。

人と人とが出遇うことも、
同じ時を過ごすことも、
すべては大きなご縁の中でいただいていることなのだと思います。

「最後だとわかっていたなら」

その言葉は、
悲しい後悔を語る言葉であると同時に、
今こうして出遇っている人との時間を
大切に生きてほしいという呼びかけでもあるのかもしれません。

当たり前のように思える一日も、
当たり前のように交わす言葉も、
本当はかけがえのないご縁の中にあるのだと、
あらためて思わされます。

東京国立博物館

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先日、東京国立博物館を訪れました。館内では、日本の仏教美術だけでなく、インドや中央アジアで生まれた仏教彫刻も展示されていました。インド北西部のガンダーラ地方に残る仏像は、紀元1〜3世紀頃に作られたもので、古代ギリシャの影響を受けた表現が特徴です。こうした作品は、仏像がインドで生まれ、中国や朝鮮半島を経て日本へと伝わっていった道のりを感じさせてくれます。

その中で、特に印象に残ったのは、奈良県の岡寺から出展されていた釈迦涅槃像でございます。

お釈迦さまの入滅の場面は、一般に「涅槃図(ねはんず)」という絵画で表されることが多くあります。沙羅双樹のもとに右脇を下にして横たわるお姿を中心に、弟子や菩薩、動物たちが集う様子が描かれるのが特徴です。寺院では二月の涅槃会に掛けられることもあり、目にされた方もあるかもしれません。

一方で、その場面を立体の「像」として表した作例は多くはありません。今回の涅槃像は、横たわるお姿をそのまま彫刻としたもので、絵画とは異なる静かな存在感がありました。様々な角度から見ることができるため、姿の線や表情のやわらかさが、より具体的に伝わってきます。

同じ題材であっても、平面と立体では表現のしかたが大きく異なります。涅槃図は多くの登場人物を描き込み、場面全体の物語を伝えますが、涅槃像は一つの姿に焦点をあて、その瞬間をかたちにしています。そうした違いに目を向けることも、仏教美術を味わう楽しみの一つではないでしょうか。

同じ香川県の高松市にある仏生山来迎院法然寺にも、涅槃像を中心に、嘆き悲しむ十大弟子や羅漢聖衆、動物の像などを配した立体的な「涅槃世界」を見ることができます。法然寺では、釈迦涅槃像を含む立体作品が「讃岐の寝釈迦」として親しまれています。

遠いインドから伝わったかたちが、いま私たちの目の前にあることの不思議さを思いました。

ソテツに積もった雪

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今日はとても寒く、お昼ごろにものの数時間で雪が積もりました。
温暖な土地として知られる高松市では、これほどの積雪は数年ぶりではないでしょうか。

子どもの頃は、この時期になると水たまりが凍り、登校途中にそれを踏みつけて「ぱりぱり」と音を立てながら歩いた記憶があります。
昔は一年に一度くらいは雪が積もり、冬らしい朝の風景が当たり前のようにありました。けれど今は、そうした光景もずいぶん珍しくなりました。

昼過ぎには、お寺の山門前のソテツも雪をかぶっていました。
お寺にソテツが植えられているのを、見かけたことのある方も多いのではないでしょうか。もともと温暖な地域に育つ植物なので、白い雪をまとった姿はどこか不思議で印象的です。

気候も、季節の巡り方も、少しずつ変わってきているように感じます。
久しぶりの雪景色に足を止めながら、昔の冬を思い出しました。

装飾
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