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常善寺

常善寺からのひとこと

法隆寺

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常善寺だより

先日、奈良の法隆寺を参詣いたしました。 法隆寺は聖徳太子によって建立されたお寺で、日本最古の木造建築として世界的にも知られています。伽藍を歩きながら、千四百年の時を超えて仏法が今日まで受け継がれてきたことに、あらためて深く心を動かされました。

聖徳太子は日本に仏教を広められた祖として「和国の教主」と仰がれ、浄土真宗においても篤く敬われてきました。親鸞聖人も、六角堂での聖徳太子のお告げを受けたというご縁を持たれ、以来、太子を仏法の導き手として尊敬されました。そのため、真宗寺院の中には太子堂を設け、毎年太子講を営んでいるところもあります。

法隆寺そのものは真宗の寺院ではありませんが、聖徳太子を中心とした信仰を通して、私たち浄土真宗とも深いご縁を結んでいます。日本仏教全体の礎を築いた太子のお心に触れることは、阿弥陀さまのお念仏のご縁をいただく私たちにとっても、大切な味わいとなるのではないでしょうか。

現在放映中の大河ドラマ『べらぼう 蔦重栄華乃夢噺』では、江戸時代の浮世絵などの版元として知られる蔦屋重三郎が描かれています。蔦屋重三郎は、江戸時代中期に浮世絵師・喜多川歌麿を見いだし、また東洲斎写楽を世に送り出したことで名を馳せました。庶民の身近な題材を描いた浮世絵は、江戸の人々から広く愛されました。その中には、本願寺を題材としたものもいくつか残されています。ここでは、当寺に所蔵する錦絵をご紹介いたします。錦絵とは、浮世絵の一分野で、多色刷りの木版画を指します。

豊国三代『江戸名所百人美女 東本願寺』安政4年(1857年)

「東本願寺」と聞くと、京都の本山・真宗本廟(東本願寺)を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、この錦絵右上に小さく描かれている本堂の大屋根は、京都の東本願寺ではなく、その別院として江戸・浅草に建立された東本願寺を描いたものです。浅草東本願寺は、現在は浄土真宗東本願寺派の本山となっています。

「こま絵には、文久元年の切絵図に掲載される冠木(門)が近景にあり、その背後に本堂の大屋根が描かれ、よく見ると菊花紋の上の部分に鷺(さぎ)が巣を作り、周りには寺につきものの鳩が飛び群れているようです。前景の美人の足元にも2羽の鳩がいるので、この美人は、東本願寺の御講に来ていることが判ります。武家など上流の婦人が神社仏閣等外出する際に被る揚帽子(あげぼうし)をし、帯は仏具の「独鈷」と「華皿」の柄という点からも納得できると思われます。それに対して、金魚(琉金)の絵柄の振袖が華やかで、袖に両手を隠す恥ずかしそうな仕草が気に掛かります。これは、同江戸名所図会の図版「報恩講」を参照し、その全体像を見ると様子が判ります。

(新訂 江戸名所図会五巻より ちくま学芸文庫)

若い女性が多く、周りから注目を浴びているようで、周囲も何となく気を遣っている風に見えます。実は、御講の機会を利用して、門徒同士が見合いをしている様子を描いているものなのです。灯籠の脇には、心配そうな両親の顔も見えます。

三代豊国が前景に描いた美人は、このような御講に際して行われた見合いの全体図から切り取られた部分図なのですが、江戸庶民には十分に理解できたことと思われます。美人の足元の鳩も、佇む白鳩とそれを盗み見る灰色の鳩とに描き分けられ、見合い風景を暗示しているのではないでしょうか。深読みすれば、揚帽子(礼装の女性)と肩衣(かたぎぬ)(門徒の礼装の男性)を想像させる工夫です。御講に新しい着物を着ていく習わしを「御講小袖」と呼びますが、参詣用と見合い用の、2つの意味が含まれているはずです。なお、門前には有名な甘酒屋があり、「肩衣と帽子甘酒のんでいる」という川柳があります。また、「いづもより御こうははでなゑんむすび」などの川柳もあり、いずれも、御講の際の見合いが主題です。」

(浮世絵に聞く!http://ukiyoe.cocolog-nifty.com/blog/から引用いたしました)

実際に浮世絵をご覧になりたい方は、どうぞお気軽にお声がけください。

盂蘭盆会

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常善寺だより

毎年八月になると、日本各地でお盆の行事が営まれます。この三連休からは実家に帰省される方も増え、お盆法要やご法事にお参りしますと、大変賑やかにお迎えいただくことが多くなりました。また、お寺の納骨堂にも、普段は香川を離れてなかなかお参りに来られない若い方々のお姿を、よくお見かけいたします。

お盆は正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といいますが、この言葉はサンスクリット語の「ウラバーナ(ullambana)」が音訳されたものです。もともとは「逆さにつるされたような苦しみ」という意味で、人が迷いの世界でどうしようもない苦しみにある姿をあらわしています。

『盂蘭盆経』には、目連尊者が餓鬼道に堕ちて苦しむ母を救おうとし、お釈迦さまに相談する場面があります。お釈迦さまは、目連尊者ひとりの力では母を救えないことを示され、夏安居を終えた多くの僧侶に、七月十五日に食事や衣を供養するよう教えられました。その功徳によって母が救われたことが、今日の盂蘭盆会のはじまりとされています。

真宗では、先に往かれた方を供養して救うのではなく、阿弥陀さまのはたらきによってすでに浄土へ往生された方のご縁を通し、私自身が阿弥陀さまの救いに出遇わせていただく法要としてお盆をいただきます。亡き方は、私が念仏の道を歩むきっかけをくださる大切な「導き手」です。

どうぞこのお盆、亡き方を偲びつつ、そのご縁を通して自分を見つめ、南無阿弥陀仏の救いを味わっていただければ幸いです。

装飾
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