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常善寺だより の記事一覧

大阪城と石山本願寺「蓮如上人袈裟懸けの松」

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先日、大阪へ行く機会があり大阪城 にも足を運びました。
多くの人で賑わう天守を前にしながら、その足元に刻まれた、もう一つの歴史に思いを向けるひとときとなりました。

現在の 大阪城 一帯は、中世には「石山」と呼ばれ、交通と水運の要衝として知られていました。
大阪城の二の丸、大阪市立修道館 のそばには「石山本願寺推定地」の石碑が建てられており、かつてこのあたりに本願寺教団の本拠であった石山本願寺が存在していたと考えられています。

石山本願寺は15世紀後半、浄土真宗の門徒を中心に形成された寺院で、のちに織田信長との石山合戦に至るまで、本願寺教団の重要な拠点となりました。
この教団の基礎を築いたのが 蓮如上人です。
蓮如上人自身が石山本願寺に長く常住したことを示す史料は確認されていませんが、河内・摂津一帯は上人の教化と深く関わる地域であり、本願寺門徒の信仰がこの地に集積していく土台が形づくられていきました。
大阪城公園内に伝えられる「蓮如上人袈裟懸けの松」は、蓮如上人がこの地を訪れた際、松に袈裟を掛けて休まれたという伝承に由来します。これは史料によって直接裏付けられた事実ではありませんが、石山の地が蓮如上人の教えと結びついて受け止められてきたことを示す、後世に伝えられた信仰的記憶といえるでしょう。

やがて石山本願寺が退去したのち、その跡地に豊臣秀吉が大阪城を築きました。
城という権力の象徴の足元に、かつて念仏をよりどころとした本願寺教団の本拠があったことを思うとき、この地が歩んできた歴史の重なりの深さをあらためて感じさせられます。

Mr.Children「Documentary film」

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Mr.Childrenは、私が高校時代から聴き続けてきた歌手です。
数ある楽曲の中でも、今も心に残っている一曲に「Documentary film」があります。
その中に、こんな一節があります。

「枯れた花びらがテーブルを汚して
あらゆるものに『終わり』があることを
リアルに切り取ってしまうけれど
そこに紛れもない命が宿ってるから
君と見ていた
愛おしい命が」

枯れた花びらは、散り、終わっていく姿をはっきりと私たちに突きつけます。
それはまさに、仏教でいう「無常」の姿でしょう。
けれどその枯れた花びらも、もとは確かに咲き、誰かの目に映り、心に触れた「いのち」でした。

真宗の教えでは、いのちは決して無意味に消えていくものではありません。
生まれ、老い、枯れていくそのすべてが、私たちに何かを語りかけながら、この身に確かに届いています。

終わりがあるからこそ、いのちは愛おしい。
失われていくからこそ、今ここにある一瞬一瞬が、かけがえのないものとして心に映ってきます。

そうしたいのちの姿に、ふと立ち止まらされるとき、
私たちはすでに、大きなはたらきの中で生かされていることに、あとから気づかされていくのかもしれません。

日々の暮らしの中で、ふと目にする「枯れた花びら」。
そこにもまた、確かないのちの声が宿っていることを、静かに味わってみたいものです。

もみじ

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常善寺の境内のもみじが、今年もきれいな赤に色づいてまいりました。
寺院にもみじが多いのは、じつは長い歴史の積み重ねによるものです。

仏教が伝来したころ、中国や朝鮮半島の寺院で大切にされていた
「四季を味わう庭園文化」も日本へともたらされました。
その影響を受け、日本の寺院でも季節の草木を楽しむ“鑑賞文化”が育っていきます。

やがて平安時代になると、寺は四季の庭を愛でる場所として貴族にも親しまれ、
とりわけ秋の紅葉は多くの人々を惹きつけました。
さらに寺院の多くが山あいに建立されたため、
自然と紅葉の名所が寺の景色と結びついていきました。

よろしければ、どうぞ常善寺へもお立ち寄りいただき、
境内を彩る紅葉を楽しんでいただけたらうれしく思います。

装飾
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