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常善寺からのひとこと

明治時代の僧侶・清沢満之は、「天命に安んじて人事を尽くす」という言葉を残しました。同じ時代に生きた福沢諭吉が「人事を尽くして天命を待つ」と語ったのと、あたかも正反対に思える表現です。

福沢諭吉は「できる限り努力をして、結果は天にまかせる」という生き方を説きました。もちろん大切な心がけですが、私たちの人生は努力だけではどうにもならないことの連続です。病や事故、思いがけない出来事に翻弄され、「最善を尽くすから結果は問わない」とは、なかなか言えないのが私たちの姿ではないでしょうか。

それに対して清沢満之は、まず「天命に安んじる」ことを大切にしました。

天命に安んじるとは、思い通りにならない自分をそのまま認め、その自分を抱えてくださる大きなはたらきにまかせるということです。真宗ではこれを「他力」といいます。他力とは、誰かに代わってもらうことではなく、阿弥陀さまの大いなるはたらきに生かされている私の姿に気づくことです。

無数のご縁によって命をいただき、ここに生かされている。そのことに感謝し、安心のうえで精いっぱい努めていく。これが「天命に安んじて人事を尽くす」という生き方です。

つまりこの言葉は、こう言い換えられるでしょう。

「なるようにしかならない。しかし必ずなるべきように導かれていく。だから安心して、今を精いっぱい生きなさい。」

私たちは思いがけない出来事に直面すると、「こんなはずではなかった」「なぜ私だけが」と苦しむことを避けられません。けれどもこの言葉を心の片すみに置いておくことで、迷いや不安の中にも、少し前を向いて歩む力をいただけるのではないでしょうか。

法隆寺

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常善寺だより

先日、奈良の法隆寺を参詣いたしました。 法隆寺は聖徳太子によって建立されたお寺で、日本最古の木造建築として世界的にも知られています。伽藍を歩きながら、千四百年の時を超えて仏法が今日まで受け継がれてきたことに、あらためて深く心を動かされました。

聖徳太子は日本に仏教を広められた祖として「和国の教主」と仰がれ、浄土真宗においても篤く敬われてきました。親鸞聖人も、六角堂での聖徳太子のお告げを受けたというご縁を持たれ、以来、太子を仏法の導き手として尊敬されました。そのため、真宗寺院の中には太子堂を設け、毎年太子講を営んでいるところもあります。

法隆寺そのものは真宗の寺院ではありませんが、聖徳太子を中心とした信仰を通して、私たち浄土真宗とも深いご縁を結んでいます。日本仏教全体の礎を築いた太子のお心に触れることは、阿弥陀さまのお念仏のご縁をいただく私たちにとっても、大切な味わいとなるのではないでしょうか。

現在放映中の大河ドラマ『べらぼう 蔦重栄華乃夢噺』では、江戸時代の浮世絵などの版元として知られる蔦屋重三郎が描かれています。蔦屋重三郎は、江戸時代中期に浮世絵師・喜多川歌麿を見いだし、また東洲斎写楽を世に送り出したことで名を馳せました。庶民の身近な題材を描いた浮世絵は、江戸の人々から広く愛されました。その中には、本願寺を題材としたものもいくつか残されています。ここでは、当寺に所蔵する錦絵をご紹介いたします。錦絵とは、浮世絵の一分野で、多色刷りの木版画を指します。

豊国三代『江戸名所百人美女 東本願寺』安政4年(1857年)

「東本願寺」と聞くと、京都の本山・真宗本廟(東本願寺)を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、この錦絵右上に小さく描かれている本堂の大屋根は、京都の東本願寺ではなく、その別院として江戸・浅草に建立された東本願寺を描いたものです。浅草東本願寺は、現在は浄土真宗東本願寺派の本山となっています。

「こま絵には、文久元年の切絵図に掲載される冠木(門)が近景にあり、その背後に本堂の大屋根が描かれ、よく見ると菊花紋の上の部分に鷺(さぎ)が巣を作り、周りには寺につきものの鳩が飛び群れているようです。前景の美人の足元にも2羽の鳩がいるので、この美人は、東本願寺の御講に来ていることが判ります。武家など上流の婦人が神社仏閣等外出する際に被る揚帽子(あげぼうし)をし、帯は仏具の「独鈷」と「華皿」の柄という点からも納得できると思われます。それに対して、金魚(琉金)の絵柄の振袖が華やかで、袖に両手を隠す恥ずかしそうな仕草が気に掛かります。これは、同江戸名所図会の図版「報恩講」を参照し、その全体像を見ると様子が判ります。

(新訂 江戸名所図会五巻より ちくま学芸文庫)

若い女性が多く、周りから注目を浴びているようで、周囲も何となく気を遣っている風に見えます。実は、御講の機会を利用して、門徒同士が見合いをしている様子を描いているものなのです。灯籠の脇には、心配そうな両親の顔も見えます。

三代豊国が前景に描いた美人は、このような御講に際して行われた見合いの全体図から切り取られた部分図なのですが、江戸庶民には十分に理解できたことと思われます。美人の足元の鳩も、佇む白鳩とそれを盗み見る灰色の鳩とに描き分けられ、見合い風景を暗示しているのではないでしょうか。深読みすれば、揚帽子(礼装の女性)と肩衣(かたぎぬ)(門徒の礼装の男性)を想像させる工夫です。御講に新しい着物を着ていく習わしを「御講小袖」と呼びますが、参詣用と見合い用の、2つの意味が含まれているはずです。なお、門前には有名な甘酒屋があり、「肩衣と帽子甘酒のんでいる」という川柳があります。また、「いづもより御こうははでなゑんむすび」などの川柳もあり、いずれも、御講の際の見合いが主題です。」

(浮世絵に聞く!http://ukiyoe.cocolog-nifty.com/blog/から引用いたしました)

実際に浮世絵をご覧になりたい方は、どうぞお気軽にお声がけください。

装飾
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